« リベルタンゴ | トップページ | あんきも »

2008年2月13日 (水)

リベルタンゴ2(サキソホン小説)

2月10日のウィンドファクトリーの第13回定期演奏会は、大盛況のうちに閉幕しました。
それで、前回記事で自分のフィーチャーで演奏宣言したリベルタンゴの演奏の評価は・・・多くは語りたくないけど、ラテンを得意とする大学時代の大先輩に褒められたので、まずは満足(直接会ってはいないけど、アンケートに、クラシックも含めた全部の中でリベルタンゴだけ評価の記述があった。ちなみに他は無視された。ちなみに私は、リベルタンゴが最も一生懸命演奏した曲とは限らない・・・廃忘・・・)。録音も聴いたけど、まぁ、こんなもんかね・・・反省するのは良いのだけど、得てして「自分はもっと上手いはず」という前提の元に反省してしまう。でも、実際の演奏が実力そのもので、反省よりも練習量、ですな。ちなみに、演奏が見事成功して、演奏前の「気乗りしない状態」が解消されたのかというと、そうでもないような・・・ソリストも伴奏組も、きっと誰も気乗りしない編曲なのだけど、客席で聴くと格好良かったりする。やっぱり、合奏曲は奏者1人1人のことを考えない方が良いのかもしれない。
ところで、もう1曲の私編曲のラテンナンバー「恋に死ね」は、トロンボーンパートから「殺す気か」と呼ばれていたらしい・・・でも、元の曲の耳コピそのものなんですがね。

さて、何故メロディー独占状態のソリストが気乗りしないのかというと、この曲、演奏が終わると、一生懸命やろうがやるまいが、精神的にくたくたになるのです。「やっと終わった」って感じで、放心状態でした。

ところで、このリベルタンゴの紺野編曲バージョンには、ちょっとした物語があります。ウィンドファクトリーの即興演奏で結末ができたので、書いてみます。
なお、この物語はフィクションであり、実在の人物、団体、地名等とはあまり関係がありません。

前回(ないけど)までのあらすじ。

18世紀の南フランスの、ちょっと大きめの港町シェンダィ。貿易商トゥアンクの邸宅に住み込む小間使いの少女コンニャの元へ、郵便配達の少年マトゥーダが毎日毎日、1日に何度も何度も手紙を届けに現れるようになり、コンニャは次第にマトゥーダに思いを寄せるようになった。しかし、街の共同洗濯場での井戸端会議を立ち聞きしたコンニャは、トゥアンクが自分の父親であること、そしてマトゥーダが母違いの兄弟であることを知ってしまう。同じ頃、マトゥーダは突然コンニャの前から姿を消し連絡も途絶え、コンニャも手紙をことさらに待つこともなくなり、平素の生活を取り戻しつつあった。
(この辺のストーリーや情景をちゃんと描ける文才があったら、とっくの昔に職業変えてます。)

以下、続きの小説です。

 市場での買い物を済ませたコンニャは、急いで邸宅に戻った。少し変わった仕事があるためだ。
 トゥアンクにはちょっとした趣味があった。楽器の収集と演奏である。特に、最近発明された、金管楽器なのに平均律のクラシックのメロディーを問題なく吹けるユーホニウムという楽器に凝っていて、毎日昼過ぎになって仕事が一段落すると、家に戻ってそれを吹いている。そしてその際、同じく最近発明された、サキソホンという金属製の木管楽器を、彼は金管楽器専門で吹き方を知らないため、コンニャに演奏させて合奏をしている。これまで楽器など触ったこともなかったコンニャだったが、持って生まれた音感のためか、すぐに吹きこなせるようになり、トゥアンクに気に入られることになった。
(著者注:時代考証は気にしないで下さい)

「いやー、今日も面白かった。さすがコンニャ。いつ合奏しても息がピッタリだ」
 若い頃にこれで鳴らしたという「自由のタンゴ」という、いつもと同じ曲をひとしきり演奏し、机の上にユーホニウムを置いたトゥアンクは、いつもと全く同じセリフでコンニャを褒めたが、コンニャはいつものようにうつむいたままだった。
「そりゃそうよね。親子なんだから」
と毒づこうとして、言ってはいけないことと知っているコンニャは、トゥアンクの方に向き直る代わりに、ふと視線を窓の外に向けた。すると、マトゥーダが道路を挟んで反対側の建物の中からこちらを見ている。
 すると、マトゥーダもコンニャの視線に気付いたのか、すぐに建物の中に姿を消した。

 その日の夕方、再びマトゥーダはコンニャの元に手紙を持ってやってきた。そして、以前そうしていたように、黙って手紙だけを渡して、走り去っていった。
 コンニャは急いで手紙を開いた。
「コンニャ、僕には君が必要なんだ。僕が今住んでいるフィナーボに、今すぐにでも来てほしい・・・でも、君の行動次第でもう後戻りはできないと思う。よく考えてほしい。でも、僕は君に来てほしいと思っている・・・」
 コンニャは素早く手紙をエプロンのポケットにしまい、左右を見回し、すぐに走って家に戻り、最後の一文を読み返した。
「明日の午後2時、君の家の裏庭の馬小屋に行けば、全ての手配はしてある。それから、必ずサキソホンを持ってくるように」

 翌日、コンニャは体調が悪いと言い、トゥアンクから練習用にと特別にあてがわれた屋根裏の自分の部屋に、サキソホンを胸に抱いたまま籠もっていた。そして1日中、サキソホンの吹き真似をしたり、マトゥーダからの手紙を読み返したり、時々ため息をついたり。
 時刻は午後も4時を回り、辺りが薄暗くなってきた頃、コンニャはすっと立ち上がった。

 手紙の通り裏庭の馬小屋に行ってみると、この家に古くから勤めている、一度も話したことがない、年老いた執事のキャムリンが立っていた。約束は2時だったから、2時間以上、そのまま待っていたのだろうか?
 先に声をかけたのはキャムリンだった。
「お嬢様・・・失礼しました・・・コンニャさん・・・行かれるのですね」
 コンニャは、はっとしたような表情を見せたが、しばらく息を止め、一旦深く呼吸をしてから、微笑みを作ってキャムリンに言った。
「お嬢様で良いですよ。話を続けて下さい」
「かしこまりました。まずですが、今から申し上げることは全てお坊ちゃまからの指示でして・・・あっ、これは拙かったかな?」
 コンニャは笑い出しかけて、慌てて口元を押さえた。
「大丈夫ですよ。キャムリンさんは何でも知っているのですね」
 キャムリンは思わず苦笑を浮かべたが、すぐに表情を戻して咳払いをし、話し始めた。
「はい。どうもご存じのようですが、ご主人様は若い頃随分遊んでいまして、おかげで沢山のお子様がいらっしゃいまして・・・」
「12人ですね。私もその1人」
「左様でございます。でも、ご主人様は相続問題のこじれで会社が傾くのを恐れて、認知しているのは、今の奥様との間に生まれたツェード様と、逃げ切れなくなってやむなく認知したエーミ様とゲーソ様の3人だけです。ご主人様の口癖は『不協和音は嫌だ』の一点張りでして、こちらも大変です。あとの9人は、今の会社を作る前、ご主人様の今の立場を知り得ない環境で生まれた子ですから、本人達は知らないはずです」
「私もその1人、というわけね」
「そうです。私は念のため、実はご主人様にも内緒で、私立探偵を使ってお子様方のご様子を時々調べさせていただいているのですが、お嬢様の場合は、お生まれになってすぐ、ご主人様が逃げてしまい、3年前、お母様も姿を消してしまいましたよね。それで、お嬢様が路頭に迷っているのを見るに見かねて、うちで雇われるようにそれとなく手配したのです。おそらく、ご主人様もお嬢様が実の娘だということを知らないと思います。マトゥーダ様の場合は、生まれてすぐに孤児院に預けられたので、うちとの繋がりは全くわからないはずです。今のところはお元気でいらっしゃるので、見守っているだけですが、昨日話してみると、お坊ちゃまは父親譲り、いや、それ以上のやり手というか、本来は我が社を継ぐべき力量をお持ちの方ですね。本当は彼に我が社の近代化を託したいのですが・・・実を申し上げますと、今の我が社の経営状態は表面的には・・・」
 コンニャはキャムリンの話を遮って訊いた。
「それで、マトゥーダさんには今の話をしましたか?」
「いいえ。それから、昨日打ち合わせした感じだと、知らないと推察されます」
「全く、貴方は口が堅いのか軽いのか・・・どうも信用できないわね」
「いやはや、お嬢様には敵いませんな」
 キャムリンは、馬小屋から鞍が着いた1頭の馬を引き出し、これから天候が崩れるから馬車よりも直接馬に乗っていった方が良いと言い、スカートだからと言うコンニャに黒いズボンと防寒用の黒い外套を渡し、コンニャの手にあったサキソホンを、背中に背負えるピッタリのケースに入れて返し、数年ぶりの乗馬でとまどうコンニャが馬にまたがるのを助け、最後に、行き先の地図と現金が入った肩掛け鞄を、馬上のコンニャに手渡した。
「まずは、前の道を南にまっすぐ走って下さい。途中でまっすぐと左の分かれ道があって、まっすぐでも行けますが、左に曲がった方が早いです。お気をつけて」
 立ち去ろうとするコンニャに向かって、最後にキャムリンは言った。
「お嬢様、チャンスがあったら、事情をお話になってお坊ちゃまをここまでお連れになって下さい。私は必ずお二方の味方になります」
 コンニャは何も言わずに邸宅を後にした。

 時々馬を駐めて地図を見ながら、しばらく走ると、やがてフィナーボの街に着き、指定された場所らしき所に近づくと、地図に書いてあるメモの通り馬が駐められるようになっていて、コンニャはそこに馬を繋ぎ、大きな建物の階段を駆け上がり、大きな扉を恐る恐る開いた。

すると、中は大きなホールになっていて、ステージの上には、金色、銀色、黒色、ピンク色の楽器を持った演奏家たちがずらりと並んでいて、サキソホンだけでも4,5人はいるのだろうか・・・そして、黒い礼服の背中を見せている指揮台の上の人物は・・・

「リハーサルお疲れ様でした。開場は7時からになります。以後は練習を控えて下さい。開演は8時なので、それまでに準備をして舞台袖に集まって下さい」
 マトゥーダが団員にそう指示して指揮台を降りようとした時、団員の1人が客席の後ろの入り口を指さした。
 マトゥーダは振り返り、すぐにコンニャを指揮台の近くに招き寄せ、冷えたコンニャの体を、黒い外套の上からそっと抱きしめ、すぐに手を離すと、団員の方に向き直った。
「えーと、今日から演奏に参加するコンニャさんです」
 マトゥーダは再び、きょとんとしているコンニャの方を向き、早口で説明を始めた。
「今日の音程は442ヘルツだ。曲については後で楽屋で説明するので、楽譜はその時に配る。試し吹きの時間はあと30分ある。えーと、他の注意点は、このホールは響くから、細かいミスはあまり目立たない。その代わり、細かいフレーズで捌こうとするよりも、じっくり歌った方が向くと思う。まぁ、論より証拠なので、皆が吹き始める前にホールの響き具合を確認した方が良いと思う」
 マトゥーダは団員の方を向き、暫く音を出さないようにと頼み、コンニャの方を振り返った時に初めて、戸惑っている彼女の様子に気付いた。
マトゥーダは楽器ケースを、そっとコンニャの背中から降ろし、楽器が冷えているから、早く開けて温めた方がよい、と促し、震える手で楽器を構えるコンニャを見ながら、オーボエ吹きにチューニングB♭を示すように指示し、コンニャに「とりあえず、この音と同じ音を出してほしい」と試奏を促し、低めの音程でB♭音が鳴り始めたコンニャに向かって「楽器が冷えているからこんなもんだろう。今の状態で慌ててマウスピースを深く入れるよりも、鳴るようになってから再度チューニングした方がよい。或いは、曲中に微調整が必要かもしれない」などとアドバイスを送った。
 しかしコンニャにはその声を聞く余裕はなかった。自分のサキソホンの音の間から聞こえてくるのは、団員たちの囁き声だった。
「あの娘が団長さんお気に入りの女の子よ」
「へぇ、ソプラノ使いか。でも、あの様子じゃ、まともに音程取れないわね」
「まぁ、今の音の大きさじゃ実害はないと思う」
「団長が連れてきた以上、何か考えあってのことだと思う。まずは様子を見よう」
 コンニャは全ての指を使ってキーを閉じ、肩で大きく息を吸い込んで、思い切り息を吹き込んだ。粗野なソプラノの低音がホールを揺らす。暫くして、いつの間にか唇に力が入ったコンニャのサキソホンは1オクターブ上の不安定な音に変わった。それに気付いたコンニャは慌てて指を離してオクターブキーを押し、暫くの間中音域の音階を昇りながら、音程を確かめるように吹き、次に、手持ちぶさたの指がフロントFキー、Gキーと、高い音を出すために動いて行き、同時に唇や喉、腹筋に力が入る。金属的な鋭い音色が鳴り響き、同時に囁き声は全てが止んだ。
「これが、私の音・・・」
 呆然と立ちつくすコンニャの肩を、マトゥーダがぽんと叩いた。
「たぶんね。おそらく、それが貴方の本来の姿だと思う」
 マトゥーダは再び団員たちの方を向いた。
「というわけでして・・・」
 そして、指揮台の横にいるコンニャと、ステージ上の団員たちを交互に見ながら続けた。
「でもまぁ、最初からそこまでやらなくても。ハハハ。落ち着いて下さいよ・・・そしたら、1曲お願いしましょうかね」
 コンニャは再び驚いたが、今の張り詰めた雰囲気を消したい一心で、毎日トゥアンクと一緒に演奏している曲のメロディーを吹き始めた。最初はぎこちなかったコンニャのサキソホンも、次第に柔らかい音へと移り変わり、ビブラートが大きくなってきた頃、団員たちはコンニャから視線を外し、それぞれが練習を始めた。

 団員たちの化粧の匂いが立ちこめる1つしかない狭い楽屋の片隅で、コンニャとマトゥーダは、楽譜が載るぐらいの小さなテーブルを挟んで、座り心地の悪いソファに浅く腰掛けていた。
「もう少し時間があるけど、試し吹きは大丈夫かな?」
 黙って頷くコンニャにマトゥーダは、全部で2枚の楽譜を渡した。
「今日の君が演奏するのは、この1曲だけ。2枚で1曲だ。楽譜は読めるかな?」
 コンニャは再び黙って頷いた。楽譜を見ると『自由のタンゴ』と書かれている。
「大丈夫みたいだね。初見が得意かどうかはわからないけど、さっき君が軽く吹いてくれた曲だから、演奏中に見失っても、今からの打合せを覚えていれば大丈夫だと思う」
 マトゥーダは説明を続けた。声が少し大きくなる。
「この曲は『自由のタンゴ』という。僕は今まで郵便配達人をしながら、この楽団の立ち上げの準備をしていたんだ。そして今日が13回目の演奏になる。たくさんの楽器があってびっくりしたかもしれないけど、これは吹奏楽という、新しい音楽だよ。えーと、バンド名は『ウィンドファクトリー』といって、風、つまり管楽器の音楽を作る工房、という意味さ。お金持ちしか聴けなかった大編成の合奏を、普通の人も楽しめるようにしたい、と思ってこの吹奏楽団を立ち上げたんだ・・・」
 マトゥーダは、自分の顔が赤らんだのに気付いて、再び元の口調に戻した。
「おっと失礼。今の話は演奏とは関係ないか。当面必要なことを先に、後でも良いことは後で、ですね」
 マトゥーダは鉛筆を取り出してコンニャに渡し、楽譜を指さしながら、ゆっくりと説明を始めた。
「えーと、冒頭の部分は・・・」
 と言いかけた所で、演奏会の進行表を渡していないことに気付き、ソファーの傍らに置いた鞄の中から1つ取り出し、コンニャから鉛筆を取り上げて、「自由のタンゴ」の曲名のところに丸を付けて、鉛筆と一緒にコンニャに手渡した。
「コンニャの出番は8曲目で、時刻はここにある通りだけど、少し変更になるかもしれない。それまでは、舞台袖か、客席の最前列の上手側に座って聴いていてくれ。この曲の直前に僕が指揮台からピアノに向かって歩き出したら、楽器を持ってピアノの傍に来てほしい」
「それで、曲の冒頭は僕が合図を出すから、この楽譜の通り吹けばよい。メロディーじゃないけど、昨日トゥアンク家で君が吹いていた楽節と同じだから、大丈夫だね?この部分は、あとは僕がピアノで和音を弾いているだけだから、大体合うように演奏すれば良い」
 コンニャは黙って頷いた。
 それを見てマトゥーダは曲の進行に沿って楽譜を指さし、時々歌いながら、その都度黙って頷くコンニャに向かって、説明を続けた。
 コンニャは、楽譜に音符も休符も書いてない部分を見つけ、初めて口を開いた。
「ここはどうすればいいんですか?」
「ここはアドリブだよ」
「アドリブ?」
「そう、好きなように吹けばよい」
 コンニャは表情を変えずに黙ったままだった。
 マトゥーダは思わず早口で言葉を繋いだ。
「えーと、理論だと・・・コードを書こうか?・・・」
 言いかけたマトゥーダも、次の言葉が見つからず、黙ってしまった。そのまま暫くの間沈黙の時間が続いたが、マトゥーダはテーブルの上の楽譜の空白の部分を指さしながら、冒頭の部分の8分音符が並んだ楽節(挿絵)を歌い始めた。
S080213pic1

著者注:楽譜が読めないと読めない小説も考え物ですが・・・
 すると、いつの間にか2人の回りに集まっていたサキソホンパートの人たちが、ある者は踊りながらメロディーを歌い始め、ある者はコントラバスの弾き真似をしながら低音を歌い出した。そして最後にマトゥーダが鉛筆で楽譜をぽんと叩き「はい、ここまで」の言葉とともに、歌も止んだ。
「吹いちゃ駄目なんでしたっけ?」
 いつの間にかサキソホンを構えていたコンニャは初めて笑顔を見せた。そして、笑顔を崩さないまま、はっきりした声で、
「わかりました。やってみます」
と言って、サキソホンの上の指をパラパラと動かした。
著者注:理論を知らなくても、実はこれでアドリブができます。

 打合せが終わってマトゥーダがソファを立つと、入れ替わってサキソホンパートの人たちがコンニャを取り囲んだ。それぞれが自己紹介をして握手を求め「よろしく」と言い、ステージ上でこれを着るようにとオレンジ色のシャツを渡し、コンニャの楽器を手に取って高級品だと褒め、楽器のメーカーのことや調整の職人の裏話、最初にコンニャが使った高音の特別な運指、マウスピースやリード、果てはコルクグリスのことまで、暫しサキソホン談義に花が咲き、それはコンニャにはその殆どが知らない話ばかりだったが、次第にコンニャの表情から硬さが消え、いつしかコンニャは1人のサキソホン奏者になっていた。


コンニャはサキソホンを持ったまま、団員たちの演奏を客席の一番前で聴いていた。前の方の席はあまり人気がないらしくまばらだったが、何となく邪魔にならないように、マトゥーダに言われたとおり上手側の一番端に座った。
 演奏は、コンニャにとって驚くことばかりだった。トランペットやトロンボーンの音圧、打楽器の迫力、木管楽器の難しい動き・・・サキソホンの人たちも頑張っている。ちょっと前の曲で端正なメロディを吹いていたアルトサキソホン奏者が、次の曲で一転して派手な吹き方に豹変したり、激しいリズムの曲ではサキソホン奏者が次々と前に出て、その腕前を披露して行く・・・
 そして、コンニャの出番がやってきた。コンニャは司会から紹介されることもなく、当たり前のようにステージに上がり、マトゥーダが座っているピアノの脇に行き、マトゥーダを見つめた。マトゥーダは楽譜を見ながら司会の曲紹介を聞いているようだった。
「次の曲は『自由のタンゴ』です」
 客席からパラパラと拍手が起き、司会が舞台袖に姿を消し、マトゥーダがコンニャに目で合図を送ると、コンニャは小さく息を吸い、リードが鳴らないように押さえている舌を離した。
 
「凄い数のお客さんね」
「あぁ、261人いる」
「マトゥーダさん、どうして『自由のタンゴ』なの?」
「そうだね。僕は生まれた時から孤独で、父も母も知らない。僕には何もない。あるのは自由だけ。生きていくのも自由だし、死ぬのも自由だ」
「そう。でも私は自由とは言えないわね」
「そんなことはないと思う。ずっと見ていて、君には僕と同じ空気を感じていたんだ。そして、昨日君のサキソホンを聴いて、それが確信に変わった。だから、今日来てもらったんだよ」
「そんなことないわよ・・・と言いたいけど、そうでもないのかもしれないわね。今の私が置かれている状況、よくわからないけど、まんざらでもないような・・・」
「では、試してみて下さい。ここからアドリブです。はい、どうぞ!」
 マトゥーダは両手で鍵盤を叩き、その音がポンとコンニャの背中を押し、それを最後にマトゥーダのピアノの音が消え、一瞬の静けさがやってきた。
「ちょ、ちょっと・・・」
 すぐに入ってきた金管楽器の、不協和音でわかりにくい伴奏を聴きながら、コンニャは思いつく限りのフレーズを吹き続けた。必ずしも思い通りに吹けているわけでもないし、自分にしかわからないミスも何度も繰り返し、凄く長い時間吹き続けているような気がしながらも、まだアドリブの時間は半分以上残っていることに気付き、これからどうしようか再び考える。
 その時、マトゥーダのピアノが力強くリズムを刻み始め、その音は舞い上がりそうなコンニャの足元をがっちりと掴んだ。
「調子はいかがですか?」
「聞いての通りよ。ここは任せて下さい・・・でも、ありがとう」

 そして曲は進み、2人は同じフレーズ、いつもの8分音符の楽節を吹き、叩き続けていた。

「コンニャさん、今の演奏の評価は?」
「録音を聴かないと何とも言えないわね。演奏中や直後の即断は禁物ですよ」
「録音?何それ?」
著者注:失礼しました。この設定だと、まだエジソンはいません。
気を取り直して・・・

「楽しかったわ。でも、もう帰らなくちゃ」
「いや、帰る必要はないよ。君にはずっとここにいてほしい」
「でも・・・」
「大丈夫。君の家のキャムリン執事を通じて手は打ってある。こちらもトゥアンク氏の弱みを知っているから、立場上、僕たちを追いかけることができないはず。君が乗ってきた馬も経費で落としていて、今夜の撤収から楽器運びに使うことになっている」
「用意がいいのね・・・私の知らないところで」
「ごめん。時間がなかったから」
「でも、そういうことじゃなくて、私たちは駄目なのよ・・・マトゥーダさんは、自分は天涯孤独だと言ってたけど、貴方にも本当は父親も兄弟も・・・そして、その兄弟というのは・・・」
 ここまで言って、コンニャは言葉を詰まらせた。
 すると、マトゥーダは、暫く間を置いて、静かに言った。
「そうか・・・親、兄弟か・・・僕にとっては、君が最初の家族なのかもしれない」
 客席に向かって演奏していたコンニャはピアノの方を振り返った。曇りのない表情で一心にピアノを弾き続けるマトゥーダの姿を見て、コンニャは、何かがつかえている感じがする胸を、ほっとなで下ろした。

 この日の演奏会も無事に終了した。マトゥーダは団員たちに演奏代を配り、今後の予定を説明し、団員たちはそれぞれ家路についた。
 そして2人は、馬に引かせた楽器運び用のリヤカーに、雨よけのシートを一緒にかぶって座り、ゆっくりと夜の街に消えていった。
黙って馬を操っているマトゥーダの横で、コンニャは心の中で呟いた。
「私が、そして、貴方が選んだのは、いつまで続くのかわからない、でも最高に価値ある自由、同時に、生まれた時からの不自由に縛られた、見せかけの自由。そして、私だけが知っている、貴方が『自由のタンゴ』を選んだ本当の理由。それは、この曲が貴方の、生まれる前からの子守歌だから」

【完】

|

« リベルタンゴ | トップページ | あんきも »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/208357/40115261

この記事へのトラックバック一覧です: リベルタンゴ2(サキソホン小説):

« リベルタンゴ | トップページ | あんきも »